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戻ってきました。 

本日午後、東京に戻りました。


***************


6月20日の午前2時ごろ、母が最後に小さな息をし終えました。
そのあとは続きませんでした。
家族全員に、その臨終の瞬間を看取られ旅立った母を、なんと羨ましい死に方をした人だ、と心から思いました。

お通夜、お葬式、初七日を無事に終えたとはいえ、まだまだやることがたくさんあって、ひとつずつ片付けていかないと・・・という感じです。



励ましのお言葉、おメール、どうもありがとうございました。
私のカラダは、こうみえても(どう見えてる?)頑丈にできているので、ご安心を。


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喪服 

夜11時に、ネットで、鹿児島行きの航空券を購入してから、ずっと荷造りをしている。
時差ボケが、変なところで役に立った。
昼夜真逆の生活が、今日は苦にならない。
夕方3時間寝ておいてよかった。


ところで、母の病状を知っている伯母からの情報。

・今まで数回入退院を繰り返したけれど、その度に黄疸が出ていたのに、今回は出ていない。
・胆汁が出ていない。
・尿が出ていない。
・話しかけても、寝てるばかりで、あまり意識がない。
・手を握り返して!と声をかけると、少しだけ握り返した。
・やっと看護師さんの声に反応して目を開けたけれど、天井の一点を見つめるだけで、目玉が動かない。
・そして決定的なのは、腹水が溜まっているとのこと。(良くない兆候)

あと、父が医者から聞いた話では、腎臓もやられてる、とのこと。
(癌が転移したという意味なのか?)

こういったことを総合し、踏まえ、こう言われた。


「覚悟と準備をしてきなさい」



これは、つまり、そういう 意味だ。


それでも、なんとなく 喪服 の準備は、イチバン後回しにして。
ある程度、簡単な準備ができたら、そろそろ用意しようとクローゼットの中を見た。

あれ?ないや。
こっちだっけ?
ん?ないや。
年末、もしかしたら春に引っ越すかもしれない、と予定していたとき、ダンボール箱に入れたっけ?

そんなこんなで、半年前から部屋の隅で引越しの待機をしているダンボール箱の中も、全部開けて見たけれど・・・ない。
夜中の2時から30分位、ずっと探していた。
そのとき、ふと、こう思った。

「お母さん、今回は必要ないから探すな!って 言ってるの?」

だったら、喪服なんて持って行くの、やめてもいい?
そうだ、そうだ、そうに違いない。
だから、見つからないんだ。
なんだか、ちょっとだけ気持ちが軽くなった。

それでも、もう一度クローゼットをよくみたら、なんと最初からそこに、かかっているではないか。
なぜ?
さっきあれほど探しても見つからなかったのに・・・?
目に入ってなかったってこと?

「あーあー、お母さん、見つかっちゃったよ」

と、思わず口に出してつぶやいた。

危篤のとき、喪服を持っていくと回復する、というジンクスもあるらしいが。





母を起こしてきます 

夜の連絡で、事態は急変。


1ヶ月どころか、1週間もつかどうか・・・


急遽、明日(17日)から、鹿児島へ行ってくることにします。


若いころ 

朝、ミニことが、写真を手にしながらこう言った。


「ママ、若いころ、かわいかったんだね( ^∀^)」

「(`・ω・´)ゞぉぅょ 。(* ̄ー ̄)ニヤリッ」

写真は、高校時代の友達、Mの結婚式にて。
当時、全員22歳の仲良し5人組が、白無垢のMを囲んで嬉しそうに映っている。
赤いパーティードレスを着て、髪の毛はクルクルのロングソバージュだった私。
とってもバブリ~な時代背景が、見え隠れ。(* ̄ー ̄)

でも、ちょっと、聞き捨てならない一言が。

「ん?今、『若いころ』ってアナタ、言った???(-。-)」

「うん(-。-)」 (←それが何か?とでも言いたげ)

今は? (* ̄m ̄)(*´・ω・`*)ドキドキ  」






「フツウ! ( ^∀^)ゲラゲラ 」



「・・・(--;)」 (←子供は正直だから仕方ない、とあきらめムード)



年齢に負けないように、輝くことを決意したことぶきでした。

覚悟 

先月、危篤状態だった義理の母親が、静かに息をひきとった。
日本とアメリカで、遠く離れていたので、数回しか会わなかったけれど、

「このヒトを生んでくれてありがとう」

というお礼の気持ちと

「たくさん会いに行けなくてごめんなさい」

というお詫びしかできなかった。


そういう事情で、数週間アメリカに滞在し、金曜日に帰国。
長い間お休みしていたけれど、今日からミニことも幼稚園に復活した!
体内時計が狂ってしまったミニことは、午前3:45起床。(;´Д`)
久しぶりに会った、おともだちや先生との会話を嬉しそうに話してくれ、
ひどい時差ボケと闘いながら、元の生活に戻そうとしつつも、新しい生活のことも考えなくてはいけない状況のなか、父から連絡があった。



お母さんが胆管癌の再発により、
余命1ヶ月と診断されました。



一難さって、また一難。

今度は、ことぶきの母が危篤です・・・



出発前に訃報を伝えるために、両親に電話をした。

「スーさんのおかあさんが亡くなったから、しばらくアメリカへ行ってくるね」

「・・・そう・・・気をつけてね・・・」

とっても、か細い声だった。
寒い日が続いていたらしく、弱っていた。
今思えば、誰かが亡くなった、という話なんてしなきゃよかった。

そして、私が留守中の、6月5日か6日に再入院したことを、あとで知った。

アメリカに居る間、

「誰にも何事も起きませんように」

とずっと願っていた。
口には出さなかったけれど、母のことが気になっていた。

で、今回の入院も、数日前に点滴がはずれて、お粥を食べれるようになった、
快方に向かっている、とのことだったので、ひとまず安心したのだけれど。



さあ、覚悟を決めて、できるだけのことをしないと。







とりあえず報告 

5月末から、家庭の事情でアメリカへ行ってまして、今日帰国しました。

2週間ちょっとだったけれど、すでに浦島太郎状態。
テレビをつけると、見るCMも新しい。
日本の事情が、全くわからない僻地にいたので、全てが新鮮。
ネットの時代とはいえ、そのネットができなかったわけだから。

少しずつ、追いついていかないと・・・
これから数ヶ月は、さらに忙しくなりそうな予感・・・☆

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